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言葉のぷれぜんと

岡部伊都子 著

昭和33年初版発行

創元社 |

以前、海月書林さん(オンライン古書店さん)で紹介されていた「言葉のぷれぜんと」という本。なんて素敵なタイトルなんだろうと思いながら、店主さんの書かれた本の説明文を読みました。
もうすでに他のお客様が御購入されていましたので、探してみることに。あれから数ヶ月・・・思いが通じたのかどうかわかりませんが、いまわたしの手元にあります。
京都在住の随筆家岡部伊都子さんが、昭和29年7月より、ラジオ関西・朝日放送・毎日放送で放送されていた「ハモンドにのせて」という番組の<四百字の言葉>の原稿を一冊にまとめたものなのだそうです。毎日の生活を明るく楽しくする「四百字の言葉」。

本はたくさんあるけれど、ゆっくりと少しずつ読んでゆきたい、そんな本があります。
あわただしく過ぎていく毎日の中で、本を読むことにより、「言葉のぷれぜんと」を頂くのです。
それが心に深く深く染みこんで。

「言葉のぷれぜんと」の「四百字の言葉」を2篇ご紹介させていただきます。

::わが仲間::
バーナード・ショウの警句に
人が虎を殺そうとする場合はスポーツという。虎が人を殺そうとする場合は兇悪だという。
というのがあります。
人間はたいそう勝手なもので、人間のためには他のあらゆる動物を犠牲にすることをも当然と考え、それに心を痛めないのです。ヒューマニズムとはたしかに人の道。人間がお互いに尊重し合う精神は世界の人類をつなぐ大切な“かなめ”であるといえましょう。
けれども、それはあくまで人間だけのもの。他の動物や、それに、これは同じ生きものであることを忘れがちになる植物たちをも、わが仲間としてつき合おうとする精神とはすこしちがうところがあります。
できれば同じ時代に生きとし生けるものとして存在している動物、植物と同じよろこび、かなしみをわけ合うような気持ちになりたいもの。そうすると人間のためにすべてがあるのではなく、すべての中に人間も生かされているのであることが実感されます。

::愛の真珠層::
人魚の涙といわれている美しい真珠のたま。涙とよばれるのは、あながち誇張でもふしぎでもなく、これはたしかに苦しみに流した貝の涙の結晶なのです。
というのは、貝はやわらかな内部にゴミなどの異質物がはいってきた場合、それをそっと自分自身のなめらかな粘膜で包んでゆきます。それが何年か経つと、見事な真珠となるのです。
この性質を利用して、わざわざピッグトウという皮の厚い貝をくだき、それを核としてあこや貝に挿入、人工的に真珠をつくらせるのが養殖真珠。
むりに傷つけられたかなしみを黙って抱き、その核の周囲を一日に一回か二回まわりに美しい真珠層で、気ながにくるんでゆく貝のあわれさがおもわれます。
私たちもあこや貝に劣らぬ人間の貝となりたい。いくら傷つけられ苦しめられても、なおその上に愛の真珠層を流してゆき、かえってその痛みを立派に活かして、美化するようにつとめることは、真珠の首飾りで身を飾るよりも尊い、心のたしなみの一つでございましょう。
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