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2005年10月26日私のコーヒー・スケッチ
文藝春秋 編 本書は、全日本コーヒー協会が主催した「私のコーヒー・スケッチ」コンテストのエッセイ部門に全国から応募された約一万通もの作品の中から、“コーヒーと人々との触れ合い”をテーマに五十篇を選んでまとめられたもの。 五十篇もの作品を読んでみて、人それぞれにコーヒーとのかかわりがあり、いろんな物語があるものなのだと感じました。一万通すべて目を通したいです。 戦前にはまだ現在のようなコーヒー豆は手に入りにくかったようで、セロファンにくるまれた箱に入ったコーヒー粉入りの角砂糖があったのだそうです。 カップに角砂糖を二個ずつ入れ、長火鉢で音をたてて沸いているお湯をそそぐ。それは、薄い茶色のお湯のようなものになるらしいのですが、ちょっとのんでみたくなります。 「コーヒー党のばあちゃん」というエッセイがおもしろい。 孫娘が英語の勉強中に、“まごや、日本人というほこりをもって、世界はどうなろうと、日本語でとおしなされ”という明治気質のしっかりものばあちゃん。そんなばあちゃんは、なぜか大のコーヒー党。 “外国のものかて、ばあちゃんが入れますと、日本の味どおす” ばあちゃんにとってコーヒーは、別の世界をくれるのだそう。 “ものすごく考えなああかん時は○○コーヒー、うれしい時は○○コーヒー、悲しい時は○○コーヒー。そりゃ、コーヒーがあたたかく包んでくれますのや。コーヒーほど、ぜいたくなものは、ありまへんなあ”…とまあこんな風に。 そういえば確かに、コーヒーを淹れてコクリと一口のんだときというのは、ふっと肩の力が抜けて、ほわっとコーヒーの香りにあたたかく包まれたような気持ちになっているような気がします。 ホントばあちゃんの言うとおりかも。 朝のむコーヒーも、夜更かししながらのむコーヒーも良いのだけれど、夕方3時~4時ぐらいのだんだんに黄昏ていく様子を感じながらのむコーヒーがいまは気に入っています。 コーヒー豆を挽いたのを丁寧に淹れたコーヒーでも、紙コップのコーヒーでも何でもいいんです。 |
